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Home >モース博士と日本 (Prof. Morse and Japan)

モース博士と日本に関する興味深い情報を紹介します!
Here are the interesting information about Prof. Morse and Japan!

 

1.モース博士はご存知でしょうか?
Do you know Prof. Morse
?

 モース博士は明治初期に日本に滞在した米国人動物学者です。モース博士は明治時代に合計3回来日していますが、明治10年(1877年)最初に日本に来た目的は腕足類についての調査をすることでした。飛行機のない時代にモース博士は船に乗り、約2週間かけて1877年6月に横浜港に到着します。来日後すぐにモース博士は文部省に生物採集の許可を得るべく東京に向かいますが、横浜から東京に向かう汽車の窓から外の景色を眺めている時に、大森の駅を過ぎたあたりで貝塚を発見します。モース博士といえばこの大森貝塚の発見者として、考古学の分野でも名前が知られています。
 Prof. Morse, an American zoologist, stayed in Japan in the early Meiji Period.  Prof. Morse came to Japan three time in the Meiji Period; his first visit to Japan in 1877 was to study coastal brachiopods. He arrived at Yokohama Port on a ship in June 1877.  To get the official approval for biological study and the collection of specimens, he visited the Ministry of Education located in Tokyo; on the way to Tokyo from Yokohama on a train, he discovred a shell mound while looking out of a window.  Prof. Morse is known as a discoverer of this shell mound known as Omori Shell Mound and a archaeologist who opened the study in archaeology in Japan.  

モース博士関連 内容
モース博士の生い立ち
Personal History of Prof. Morse
エドワード・シルベスター・モース/Edward Sylvester Morse

・1838年、米国メーン州ポートランドに生まれる。
・少年時代から貝の収集を始める。
・高校を中退し、製図工を2年務める。
・1859年、21歳の時にハーバード大学ルイ・アガシー教授の学生助手となる。
・1867年、アメリカン・ナチュラリスト誌の創刊に協力する
・1875年、アメリカ科学振興協会の副会長になる。また動物学初歩の教科書を出版する。
・1877年6月、38歳の時にシャミセン貝の研究のために来日するが、汽車の窓から大森貝塚を発見する。江の島で海洋生物の収集・研究を行う。東京大学でお雇い教師として動物学を教える。
・1878年、家族と共に二度目の来日を果たす。東京大学で教授を務める。日本で進化論の講演を行う。
・1879年、「大森貝塚」を刊行。
・1880年、帰国後セイラムにあるピーボディー科学アカデミーの館長となる。
・1882年、三度目の来日を果たす。陶器類の収集を行う。
・1886年、「日本の住まい」を発刊。
・1901年、「日本陶器モース・コレクション目録」を刊行。
・1902年、「生きている腕足類の観察」を発表。
・1917年、「日本その日その日」を刊行。
・1925年12月、87歳でこの世を去る。

 

2.モース博士と江の島
Prof. Morse and Enoshima

  モース博士は1877年7月から8月にかけて約一か月間江の島に滞在し、海洋生物の採集・調査を行いました。モース博士は江の島の海辺にある漁師の小屋を改築し、あかりを取るためのスライド式の窓、作業台、椅子、棚を作り、臨海実験室にしたのでした。モース博士が主たる研究対象としたのがシャミセン貝です。当時江の島近海にはシャミセン貝が数多く生息していました。
 Prof. Morse stayed at Enoshima, a small offshore Island in Kanagawa Prefecture, for about a month between July and August in 1877 to collect marine specimens and research and study marine biology.  He rent a fisherman's shed by the sea and attached sliding windows, equipped with work bench and stools, and shelves, turning it into a laboratory.  His main forcus was to research brachiopods.  There were numbers of brachiopods lived in the water by Enoshima Island.

モース博士関連 内容
シャミセン貝
Brachiopods
 シャミセン貝は殻を持っていて、一見貝のように見えますが、実際には軟体動物の貝とは異なります。シャミセン貝の学術名はBrachiopodで、ギリシャ語の腕と足を掛け合わせた言葉になり、腕足動物と呼ばれています。モース博士は少年時代から貝に興味を持ち、ダーウィンの動物進化論を支持する過程でシャミセン貝を研究の対象に選んだと言われています。 
 Brachiopod has valves and looks like a shell though it differs.  The word Brachiopod is formed from the Ancient Greek words of arm and foot.   Prof. More had great interest in collecting and studying snails and shells since he was a young boy and it is said that he chose Brachiopod as a study subject in the course of supporting Darwin's theory of evolution.


緑三味線貝。殻の長さ約3.5cm。
Green Brachiopod.  The length of the shell is about 3.5cm.  
江の島臨海実験所
Enoshima marine laboratory
 モース博士は海洋生物が豊富に生息する江の島を研究の地に選び、漁師の小屋を改築して実験所を作ります。底引きをした初日には200匹ものシャミセン貝を捕まえます。ここで海洋生物の標本を作製します。この場所は日本で最初の臨海実験所となり、日本近代動物学発祥の地とも呼ばれています。
 Prof. Morse chose Enoshima, where there were abundant marine specimens, as the place for his  research and he turned a fisherman's shed into research facility.  On the first day of dredging, he caught 200 brachiopods.  He collected and made specimens of marine life there.  This became the first marine laboratory in Japan and also a birthplace of Japanese modern zoology.


 明治40年の写真。真ん中に写っているのが臨海研究所に使われた小屋であろうか?
 A photo taken in 1907.  One in the middle could be a shed used as the laboratory.

   

 弁財天仲見世通り入口にある青銅の鳥居をくぐってすぐ左側にある路地を進むと、右側に江の島モース臨海実験所跡推定地の碑が設置されています。埋め立てが進む前は上記写真のようにここは岸壁でした。
 Turn to the left right after going through the cupper made shrine gate at the entrance of Enoshima, and you can find a sign showing an estimated position where Prof. Morse's laboratory was located.  Before reclamation, it was by the quay as the above photo shows.


 

3.モース博士と大森貝塚
Prof. Morse and Omori Shell Mound

 江の島臨海実験所での一か月に及ぶ生物採集・調査を終えたモース博士1877年10月に汽車の窓から見つけた貝塚の本格的な発掘調査を始めます。貝塚とは海辺に住む古代人が食べた貝の殻を捨てた場所で、この貝殻が積み重なり、更にその上に土が堆積して地層の一部となったものです。モース博士が汽車の中から発見した貝塚は大森駅の先で見つかったことから大森貝塚と名づけられました。この貝塚からは貝殻のみならず、土器や骨等が出土しています。モース博士は発掘した土器に刻まれた模様を見て、Cord-Markedと呼びました。粘土に縄を押し付けて形作った模様という意味で、この言葉は日本語で縄文と訳されました。モース博士が名付けたこの言葉が縄文土器や縄文時代の語源となったのです。
 After having stationed in his laboratory in Enoshima Island for a month researching marine biology, he started excavation of the shell mound that he found from a train window in October 1877.  Since the shell mound that he found was located close to Omori Station, it was named Omori shell mound.  In the shell mound, the remains of shells along with ancient earthenware and bones were unearthed.  He observed the decorative patterns inscribed on the surface of earthenware and called them Cord Marked, meaning rope patterns which were created by impressing cords into wet clay.  The word Jomon earthenware and the Jomon period were derived from the term that Prof. Morse devised.

モース博士関連 内容
大森貝塚
Omori Shell Mound
 JR大森駅と品川駅の間の線路沿い大森貝塚の石碑が建っています。石碑は2つありますが、品川側の石碑がモース博士が発見した貝塚の場所として日本の考古学発祥の地とされています。ここは遺跡庭園として整備されており、庭園の中心にはモース博士の銅像が置かれています。まるでモース博士がそこでたたずんでいるような錯覚を覚えるほど良くできています。
 There are stone monuments of Omori shell mound along the railroad tracks between Shinagawa Station and Omori Station of East Japan Railway.  There are two stone monuments and the one on Shinagawa side is the place where the shell mound was found by Prof. Morse, which is now being a nicely maintained garden commemorating the birthplace of Japanese archaeology.  There is a bronze statue of Prof. Morse in the center of the garden. 
 

   

公園は大森の駅の北口から歩いて5分くらいのところにありますが、その途中のNTTデータのビル横の路地を入り、階段を降りると、もう一つの石碑を見ることができます。
  

 

4.モース博士と日本の民族学
Prof. Morse and Japanese Ethnology

 モース博士は日本人の文化、庶民の生活、生活の道具類にも興味を示しており、日本滞在中に目にしたものを記録に残しました。また日本の数多くの民具を母国に持ち帰っています。鎖国という時代の中で育まれた日本独自の文化は、西洋人の目からみれば奇異なものであったに違いありません。反対にそれはモース博士にとっては純朴で愛くるしいものでもあったのかもしれません。モース博士の日本その日その日を読むと、それは現代の日本人にとってもまるで異国のお話しのようでもありますが、それはほんの140年前のことなのです。
 モース博士が訪れた江の島は日本近代動物学発祥の地とされ、大森貝塚は日本の考古学発祥の地とされていますが、日本の庶民の生活を記録として、そして道具類を保存されようとしたモース博士は、日本の民族学の父と呼んでもおかしくないと思われます。

  

つづきは現在構築中です。こうご期待下さい。
It is under the construciton.  Please visit us again.

2017年5月28 日
May 28th, 2017


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